周辺観光

清水寺

京都東山の音羽山の中腹に建つ歴史ある寺院です。創建は平安京遷都よりも古く、延鎮上人により宝亀9年(778年)に開山されたと伝えられています。清水寺は始め「北観音寺」と呼ばれていましたが、境内にわき出る清水が観音信仰の黄金延命水として神聖化され、一般にも清めの水として「清水」が知られるようになり、後に名称を「清水寺」に改められました。現在でも「音羽の滝」の名水として観光客に親しまれています。
◎二年坂 三年坂
二年坂・三年坂はともに清水参拝道として作られ、坂と家並みが折り重なって続く美しい風景は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。三年坂を産寧坂とも記すのは清水寺の子安塔の安産信仰からで、埋葬地の鳥辺野へ通じる道でもあるため石段で転ぶと 3 年で死ぬという俗信も生まれました。石段下の土産店で厄よけの瓢箪を売るのはそのためです。

高台寺

東山霊山(りょうぜん)の山麓、八坂法観寺の東北にあるこの寺は、正しくは高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の 北政所ねねが1606年に開創した寺です。「圓徳院」は、北政所ねねが夫の豊臣秀吉没後に建立し、本人もここで余生を送りました。元伏見城の北政所化粧御殿の前庭を移した北庭は、小堀遠州が手を加えたもので、桃山時代の代表的な庭園として当時の原型をそのままに留めています。高台寺の西側に続く「ねねの道」は、この地で余生を送った北政所ねねが歩いた道です。平成10年に御影石を敷き詰めた石畳の道に生まれ変わりました。また圓徳院の境内をぬけて、「石堀小路」に続く「ねねの小径」は霰をこぼしたように小石が散りばめられた路地です。石堀小路、ねねの小径、ねねの道、台所坂と、このあたり一帯はロマンチックな石畳ロード。桃山時代を力強く華麗に生きた女性達が偲ばれます。

八坂神社

四条道りの東の突き当たりに位置します。1497年に再建された丹塗りの西楼門が建ち、境内には正面奥に疫神社、隣に太田白鬢神社、蛭子神社があります。京都では「祇園さん」と呼ばれ親しまれており、芸道神を祭る末社もあることから舞妓も多く訪れます。夏は祇園祭、大晦日はおけら参りでも有名です。大晦日には多くの出店がならび、一晩中にぎわいます。
◎円山公園
1886年開設の市最古の公園。八坂神社の東、東山を背に約86,600m²あり、回遊式日本庭園を中心に、料亭や茶店が散在、四季を問わず風情があります。京都随一の桜の名所で、花見の季節の”祇園の夜桜”は一見の価値があります。

法観寺・八坂の塔

清水寺にほど近い東山の町中で、民家や商店に包囲されるようにしてそびえ立つ「八坂の塔」。京都市街では最古の塔で、46mもの高さを誇っており、東山一帯の景観に欠かすことのできないランドマークとして古くから親しまれてきました。この塔を擁するのが、臨済宗建仁寺派の法観寺です。同寺は「聖徳太子によって創建された」とも伝承されますが、現在では、「長岡京から平安京へと都が遷された794(延暦13)年よりも前に、渡来系の氏族集団である八坂造(やさかのみやつこ)の氏寺として創建された」との見方が有力です。現存する五重塔は、1440(永享12)年に足利6代将軍義教によって再建されたもので、「応仁の乱」でもこの塔だけは奇跡的に消失を免れました。薬師堂と太子堂はその後再建されましたが、壮大な境内はいつしか現在のように狭められ、法観寺は完全に町中に取り込まれてしまいました。

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